アマアマキュ〜ン☆

ちょっと前に、ハリーポッターをはじめとする外国の児童文学が小中学生の間でブームになった*1こともあってか、ここのところ小中学生向けの文学のレーベルが(ライトノベルにも新レーベルが続々出てきてますが、それと平行し、別系統として)いろいろ盛り上がってるそうで。


そういう流れがあるなか、いとうのいぢが時かけの表紙を担当するってことで一躍有名になった角川つばさ文庫の創刊第一弾が発売になりました。


ちょっと興味があったんですが、ここであえて俺は時かけではなく、あさのますみ先生の初の小説「ウルは空色魔女(1) はじめての魔法クッキー」を買うぜ〜ってな勢いで本屋に突撃。とりあえずラノベ棚に向かったんですが置いておらず、児童文学系の棚に置いてありました。やっぱこのレーベルのジャンルはラノベじゃないのね。


で、どんな内容かって言うと、まあ先生ご本人のコメントに述べられてるような感じ。いわゆる降臨系の物語なんだけど、想定読者層であるところの小学校高学年女子向けに、「ある日突然やってきた女の子と○○し始める」の○○の中身が良く最適化されてるなあと思いました。日頃アニメや漫画で頻繁に見かけるパターンが、この読者層向けだとこういう中身の物語になれるのか〜、と感心しきり*2


個人的に大きかったのは、たとえ既存のパターンに当てはまる物語であっても、そのこと自体によっては作品の個性や独創性が無いことにはならない、という当たり前のことを確認できたという点。近頃またちょっと話題になってたみたいですけど、そもそもパターンってのは、もともと異なるはずの複数のモノの中から共通項を抽出しただけの概念だと思います。
人間の思考・言語そのものが、モノの唯一性を捨象し共通する要素だけを抽出して一般化する機能があって、例えば「このリンゴ」と「そのリンゴ」はそれぞれに唯一無二の存在であるところを、色形や香りがなんだか似ていて同じような樹木から採れるという共通性でもって“リンゴ”という言葉でくくり一般化してしまっている。それらをかじってみれば甘かったり酸っぱかったりで互いに異なる独立のモノであることが確認できるのに。
物語のパターンもそれと同じで、「ある日突然やってきた女の子と○○し始める」という類型に当てはまる作品が複数あったとして、それは類似してるように見える部分だけを抽出した結果に過ぎず、むしろ「そこしかあってねぇじゃん」ぐらい言ってしまっていいのではないかと。リンゴの品評家じゃないからリンゴの違いはわからなくとも、その道のヲタクであればさ。
確かに、それらの作品の中には、魅せようとしてる要素の何もかもが既視感だらけで楽しめない、というようなものもあるでしょうが、それは「似ていてもっと楽しいものを既に知っている」ということからくる問題であって、似ていることそのものが問題なのではないでしょう。いずれにせよ、パターンに当てはまる=過去の作品と共通性があるということだけをもって作品の良し悪しを論じるのはナンセンスだと思います。


とりあえず、今までアニメや漫画やラノベ界隈を楽しんでて「児童文学ってどんなもんよ?」とか興味がある人なら、読んでみるのにちょうどいいかも。個人的には、あの終わり方で、次以降はどういうふうに話を進めていくのか興味があるので、次巻以降も読んでみたいと思います。

*1:デルトラクエストなんかはアニメまで放送されてましたね。

*2:ヲタクの汚れきった心で読み進めてると、「コレはああいう伏線か?」とか、せんでいい予想が邪念として立ち現れて、場合によっては自己嫌悪に陥る危険があります。子供の真っ白な心になって読みましょうね。