やーねーやーねー

母親に促されて読んだ今日付の朝日新聞夕刊のBe欄。「恋する大人の短歌教室」と題して、読者が応募した短歌にプロの歌人が添削をするというコーナーだったんですが。


まず以下が応募作。

この春の花びら色の口紅をあなたのシャツの胸に咲かせる

沼尻つた子


非常に可愛らしい歌だなと思いました。
私が説明するのも野暮かもしれませんが、基本構造は「口紅を あなたの 胸に咲かせる」となっていて、直接的な解釈であるところの“胸に口紅が付く=抱擁”という意味だけでなく、“胸=心に(花を)咲かせる=ときめかせる”という意味を含んだダブルミーニングになっています。この表現の巧いところは「花びら色の」「咲かせる」という表現を使いつつ「花」という直接的な表現を避けることによって、相手の胸に“花のようなものを”咲かせるという含みを持たせて多義性を生んでいる点でしょう。想い人をときめかせたい、そして抱きしめてもらいたい、という恋心を詠ってるわけですね。
頭の「この春の」も、単に時節を表しているのではなく、「この春の花びら色の」→「口紅」という係り方をしており、このように修飾を重ねることで、その口紅の色を(恋心を託すほどに)良いと思った気持ちがよく現れていると思います。
「シャツの」という部分に関しては、「あなたの 胸に咲かせる」では字足らずなところを何で埋めるか思案したように見受けられますが、結果的に、「あなたの」と「胸に」の間に一語挟まれることで余裕が生まれると同時に、シャツという語の想起させる白い色のイメージと、春の花びら色という語の想起させる淡いピンク色のイメージが好対照を生み、全体の調和に非常によく寄与していると思います。
素人さんということのようですが、一語一語丁寧に言葉を選んで乙女ちっくマインド*1を表現していて、なかなかやりおる、と唸ってしまいました。


で、これが添削者にかかるとどうなるか、それは次のとおり。

この春は花びら色の口紅であなたのシャツに花を咲かせる

石井辰彦


・・・・・


添削の主旨も解説されてるんですが、それによると、添削者の歌人、石井辰彦は、「シャツの胸にキスマークをいっぱい付けてしまうわよ」という「相手の男性にとっては怖い歌」と受け取ってこういう添削を行なったんだそうで。なんというおっさんマインド。台無しだー!!
もちろん元の歌にはそういう読みもありえるけど、むしろそういう読みをも許容する含みの深さが情緒を生んでたのではないの?それをその意味一義しかないと決め込んで、一切の含みをバッサリ削ぎ落とした結果がコレだよ。情緒もへったくれもありゃしない。
技術的に見ても、元の歌の「この春の」の係り方を見誤って「この春は」に単純に置き換えてしまっているし、なぜ元の歌で「花を」とハッキリ言わなかったのかが理解できてない。「花を」の挿入位置にしても、元の歌では「あなたのシャツの胸に」「咲かせる」という意味を素直に受け取りやすい流れだったところを置き換えたせいで、「あなたのシャツに」「花を」「咲かせる」という、意味的に変に一拍挟まるような形になってしまっている。しかも「花」が目的語化したため「口紅」を接ぐ助詞が「で」に変わるなどという無粋さ。もうね。


ちょっと調べたところによると、添削をした石井辰彦氏は『現代詩としての短歌』とかいう著作があるそうなので、「サラダ記念日」系の人なの?とか勝手に邪推するところですが、他に目ぼしい情報が無かったのでよくわからん。


鈍感な男の人*2ってやーねー、と母と声を揃えた次第。

*1:「大人の女が何を」とか言う人も居そうですが、大人の女がこういうの読むのがいいんじゃんよー。

*2:私自身もたいがいだが。