児ポ法問題点まとめ

ここで改めて、児童ポルノ法と、その規制強化案の問題点について確認しておきたいと思います。
正式名称は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」と言い、児童に対する性犯罪を厳しく処罰し、被害児童を救済するために作られた法律です。なぜとりわけ児童なのかというと、児童は成人に比べて判断力・抵抗力ともに弱いため、悪人に陥れられて性犯罪被害にあう恐れが高く、成人よりも手厚い保護が必要と考えられるためです。


具体的な条文は総務省のサイトで閲覧できます。このうち児童ポルノについての部分*1を要約すると、

  • 「18歳未満の実在の人物」を“児童”と定義する。
  • 「“児童”が被写体になっており、その肌の一部が露出していて、エロさを醸し出している写真など」が“児童ポルノ”に該当する。*2
  • 「“児童ポルノ”の製造・販売・頒布」または「それらを目的とした“児童ポルノ”の所持」が、処罰の対象になる。

というもの。


この現行法のあり方に対して、規制強化の主要な論点は「架空表現の規制」「単純所持の処罰化」の2点に集約されます。前者は「架空の表現(漫画・アニメ・ゲームなど)に登場する、実在しない児童についての描写にもこの法を適用すべき」というもので、後者は「児童ポルノを所持しているだけでも(その目的を問わず)処罰すべき」というものです。

「架空表現の規制」の問題点

前述したとおり、この法の本来の目的は実在の児童への犯罪を処罰し被害児童を救済することであり、その法において架空表現を規制しようとすることはナンセンスです。それでも、架空表現の規制を求める人は「架空表現であっても、それが流布することで児童に対する性犯罪を惹起する風潮を形成するから」という理由を持ち出し、児童保護の目的にかなう、と強弁します。
この議論を取り扱うにあたって、法益の区分が重要になります。法益には、個人的法益社会的法益という区分があります。前者は、具体的な個人に対する具体的な権利侵害を処罰し被害を救済するものであり、例えば、傷害・殺人・窃盗などがこれにあたります。後者は、社会の風潮や平穏を保つためのものであり、貨幣偽造・文書偽造・賭博などがこれにあたります。
児ポ法がどちらにあたるかと言えば(法の目的に照らせば)個人的法益であり、架空表現の規制を求める人が主張する法益は社会的法益です。このような大きな違いがあるため、架空表現の規制を児ポ法の中でやろうとするのは不適切だという指摘が法律家などからもなされています。*3
また、「犯罪表現に触れた人物がそれを主因として実際の犯罪行動を起こす」とする説(強力効果論)は、長らく研究されていながら未だ科学的な証明がされていません。このような状況で法による規制に含めようとするのは、「関係があるかもしれないから」という印象論に過ぎず、そんな根拠で法を厳しくすることは認められません。


架空表現の規制を求める根拠としては、他に「架空表現だからといって行き過ぎた表現は規制すべき」「架空表現であっても青少年の健全育成に悪影響があるから規制すべき」といった論があります。しかし、前者についてはわいせつ図画頒布罪によって取り締まることができるし、後者については未成年者の購入を禁止する枠組みとして成人指定が既にあるうえ成人指定の漏れは有害図書指定で取り締まることができます。したがってどちらの問題点も現行の法・条例・制度によって対処が可能な問題なのです。*4


以上のことから、実在しない児童についての表現をも児童ポルノ法の規制対象にしようとする試みは否定されます。

「単純所持の処罰化」の問題点

所持すること自体を(目的を問わず)処罰することは、児童ポルノの流布の歯止めになることは確かですが、ここで問題とされるのは、それによって生じる副作用です。
上で紹介したとおり、現行法における児童ポルノの定義は、実在児童を被写体にしたものに限るとは言え、非常に曖昧で漠然とした定義になっています。この定義に愚直に従うなら、自分が子供の頃に撮った裸の写真などでも児童ポルノに該当する場合が出てくるわけですが、実際にそこのところを国会議員が法務省に尋ねたところ「取り締まり対象になる」との回答があったとのこと。自分自身の写真についてすらそうなのだから、自分の家族の写真ならば当たり前のように該当するとされてもおかしくありません。
それなのになぜ今そのような案件が実際には逮捕・起訴されていないのかというと、現行法では単純所持を処罰対象としていないからなんですね。自分の写真や家族の写真ならば家庭内から外へ出て行くことが無いため、現行法で処罰されることがないわけです。
しかしもしこれで単純所持が処罰化されたらどうなるか。海外でも、家族写真の現像を写真屋に頼んだところを通報された例などがあり、外務省でもそのことを注意喚起しています。それと同じことが日本国内で起こるようになるでしょう。日本の警察は不当な職務質問を行なうことがありますが、そのとき所持品の中から自分の娘の写真が出てきたりしたら「これは児童ポルノではないのか」と詰問されたりもするようになると思います。


そのような写真を一切持たない、というような人も無縁ではいられません。銃や薬物などと比べれば、児童ポルノをうっかり手にしてしまう可能性は非常に高いです。例えば、自分のパソコンに届いた迷惑メールを不注意に開いてしまったとき、html形式のメールになってて違法サイト上の児童ポルノ画像が直接リンクされていたりした場合、その画像は自動的に自分のパソコン上に保存されてしまううえ、その違法サイトの設置されているサーバに自分がアクセスしたという記録も残ってしまいます。もしそのサイトが摘発されたら、そのサイトの顧客として自分もまた容疑者扱いされ、悪くすれば逮捕・起訴されてしまうでしょう。
アメリカでは児童ポルノをパソコン上に勝手に保存するコンピュータウイルスなどもあって、実際にそれによって逮捕・起訴された人も少なからずいるようです。こうなってしまうと、誰もが、児童ポルノの単純所持に該当する危険性にさらされることになります。


これだけ問題があることが明らかなのですが、それでも単純所持の処罰化を求める人は冤罪なら裁判で晴らせるからよいなどと反論します。しかし、単純所持とは目的を問わない所持なので、たとえうっかりであっても所持していたのなら有罪になります。単純所持とはそういう意味です。
仮にもし、性的な目的での所持というように限定した条文にして裁判で争える余地を作ったとしても、痴漢冤罪などに見るように、性犯罪についての嫌疑というのは逮捕・起訴されるだけで当人の社会的地位を著しく失墜させるという側面があることを忘れてはなりません。児童ポルノ法違反の容疑で取調べを受けていたために無断欠勤なんてなったら、即刻その会社をクビになるでしょう。あるいは志布志事件足利事件のように、警察や検察の面子のために、冤罪をそのまま有罪としてしまう危険だってありえます。
したがって、裁判で潔白を証明できる余地があろうとも、この法の嫌疑がかかる範囲を広げること自体が危ういのです。*5


以上のことから、単純所持の処罰化には副作用として様々な問題が伴うため、それらが解消できる手立てが無い限り、単純所持の処罰化には慎重にならざるを得ないのです。



このように「架空表現の規制」「単純所持の処罰化」いずれにも問題があります。
実在児童の保護はもちろん重要ですし、私もその意義には同意するところですが、そのための施策が的外れであったりしてはなりませんし、他の重大な問題を引き起こしたりしてはならないのです。

*1:この法律は児童買春なども処罰の対象としているのですが、規制強化を訴える人々はその部分を半ば無視しており、そのような態度は、児童保護を真面目に考えている人々から批判の対象となっています。

*2:刑法上のわいせつ物に該当しなくても、児童ポルノには該当する場合がある、ということに注意しましょう。

*3:このような法益についての理解の混乱があるせいで、現行法の運用においても司法が社会的法益として扱い、加害者への処罰が軽くなっているとの批判があります。

*4:どうしても規制したいにしても、せいぜい地方自治体の条例レベルでやるべきとの指摘があります。

*5:そもそも、取り締まる側の心象次第で該当するか否かが揺れるような曖昧な定義のものの単純所持を処罰化しようという発想が誤っています。