改正?改悪の間違いだよね?

   児童ポルノ法の改正について、自民党案の概要民主党案の概要がそれぞれ報道されました。まだ概要の段階なので最終的にどう転ぶかはわかりませんが、現時点ではどちらともアニメ・ゲームの規制は見送り、単純所持の処罰を盛り込む形になっているようです。それぞれ見ていきましょう。

 
 
自民党

   要点は下記のとおり。
 

   (1) 児童ポルノの所持・保管の禁止を明文化する
   (2) “自己の性的好奇心を満たす目的”で児童ポルノを所持・保管した者を処罰(懲役か罰金)する
   (3) プロバイダにも児童ポルノ拡散防止措置を求める
   (4) 付則として、漫画やアニメなどの規制は引き続き検討を続ける
 
   (4)が論外なのは前回も述べたとおり。この法律の元々の立法目的は、実在児童の性的姿態を収めた写真や映像が流布し視聴されることによって起こるその児童への人権侵害を防ぐこと(個人的法益)であって、社会風紀を正すこと(社会的法益)ではない。実際、ここを混同し殊更に社会的法益を訴える人たちがいるせいで、現行法の運用においても裁判所が軽い判決を下す(個人的法益と捉えると被害児童の数だけ罪状が発生するが、社会的法益と捉えると被害児童の数に関わらず一定の罪状になる)懸念が法律家からも指摘されているわけで、個人的法益をハッキリと打ち出すほうが(逆説的に)当該犯罪行為の抑止に繋がります。もし社会的法益のための条文を作りたいなら新規立法すべきでしょう。もちろんその場合も、漫画やアニメの規制が果たして(表現の自由の範囲から除外するという暴挙に出るほど)有意義なことなのかどうかは別途議論する必要がありますけどね。
 
   (1)と(2)が今回の改正の焦点、単純所持の禁止・処罰化についての条文ですが、(1)では文字通り単純所持を禁じているのに対し、(2)で処罰対象としているのは“自己の性的好奇心を満たす目的”に限っています。これは冤罪の可能性について多くの批判が出たことへの配慮であり、おそらく、誤って所持してしまった場合にはその所有権を放棄することで罪に問わないとする運用を想定しているのでしょう。
   しかし、単純所持処罰化の最大の問題点であるところの「児ポ法違反の容疑で捜査・逮捕されるだけで(たとえ不起訴や無罪判決になっても)回復不能な社会的ダメージを負う」ことは防げていません。先日のクローズアップ現代でもアメリカで実際にあった例として取り上げられていたように、パソコンに侵入したウイルスが勝手にネット検索し違法画像を収集していた場合、そのパソコンのアクセスログから一旦は逮捕されることは免れないでしょう。最悪のパターンとしては、新種ウイルスに感染→新種ゆえウイルス対策ソフトは反応せず→当該ウイルスが違法画像を収集→ウイルス対策ソフト更新→当該ウイルスが削除される、という展開になった場合、ウイルス対策ソフトの作動ログをきちんと保管していないと収集の意図が無かったことを立証するのは極めて困難になるでしょう。
   いずれにしても、性に関わる容疑で捜査されただけで御近所様はヒソヒソ、逮捕されれば会社はクビ、起訴されればマスコミに顔出し出演、というこの国において「何ら非の無い一般人が児ポ法違反の容疑で刑事裁判に容易に引っ張り出されうる&無罪は法廷で争って勝ち取らなければならない」ようになる改正は、社会への悪影響が大きすぎます。
 
   全体としては、「きちんと法律家を入れて議論し練り直せ」といった感想ですね。

 
 
民主党

   要点は下記のとおり。
 

   (1) 法律の名前を「児童の性的虐待及び性的搾取にかかる行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」に変える
   (2) 児童ポルノの定義を「性器などをことさらに強調するなどして示す」もの、として再定義する
   (3) 「みだりに収集、または有償で取得した場合」の単純所持を処罰する
 

   (1)について好意的に解釈するなら、現状ほとんど児童ポルノの取締りばかりに拘泥し被害者児童のフォローが考えられていないことを改善するための改名と考えられます。悪意的に解釈すれば、取締り範囲や処罰対象を広げるための布石とも捉えられますが。
 
   (2)は児童ポルノの定義を厳密化する意図が感じられます。実際、今の定義はあまりにも曖昧なもの(服がはだけて性衝動が喚起されればアウト;主観的すぎ)であり、このまま単純所持を処罰化するのは危険です。ならば定義の厳密化を図ろう、という姿勢は評価できるのですが、結果的に生まれたこの条文も現行法とは別のベクトルで曖昧であり危険です。問題なのは「性器“など”〜 強調する“など”〜 」と含みを持たせている点。“など”に含まれる範囲はどっからどこまでなのかわかりません!てことです。解釈次第ではジャージ姿の女子高生がヤンキー座りしてる写真すら(股間をおっぴろげてることには間違いないんで)該当しかねない勢い。
   立法では大雑把に決めといて行政の運用で柔軟にやってもらおうってのは楽なんでしょうけど、表現の自由に関わる法律なんですから、どのような内容を処罰対象とするか具体的に規定すべきです。おそらく想定されているのは「性器・肛門・乳首いずれかの形状が(着衣の有無に関わらず)明確に視認することができ、かつそれを強調して示すもの」といったあたりでしょうが、だったら条文にそう書きなさいよ、という話。
   そもそも、国内外で児童ポルノ摘発の実績があって内容の調査も行なわれているんだから、規制すべき内容の類型を列挙して厳密に条文に落とし込むことくらいできそうなもんですけど。つか、政治家の皆さんにはそういうレベルの具体的調査・検討・協議をしてもらうために税金で雇ってあげてるんですよ?具体的にデータを挙げることもなくこんな請願を出しちゃう議員は職を辞していただきたいと切に願います。
 
   (3)については、入手方法を指定していることをもって「改正施行後に所持に至ったもののみが対象になる」と解釈している人がいるようですが、そのような趣旨なら単純所持罪ではなく譲授罪・購入罪として規定するはずです。つまり入手時期は問わないと考えるのが自然。入手方法が指定されているのは、積極的に所持する意図があったかどうかを入手方法によって判断しようとしているためと見るべきでしょう。
   ここでも、自民党案同様に、ウイルスによる収集について裁判で争うハメになる可能性は高いです。加えて、被写体が児童であると知らずに入手してしまった場合についての除外が無いため、そのような誤認による入手は否応無しに処罰されるでしょう。製造者・頒布者に比べて被写体の年齢を確認するのが困難な購入者にとって、いま買おうとしているポルノが児童ポルノであるかどうかの判断は不可能と言ってもいいでしょう。「(警察OBの天下り先である)業界団体がきちんと認可したポルノだけ買ってれば安全だよ!それ以外のポルノは児童ポルノである危険が高いから買っちゃダメだよ!ネットで画像収集なんて言語道断だよ!」という無言の圧力なんでしょうか?
   あるいは「みだりに」の部分に「児童ポルノと知っていながらの」という条件を含意しているのかもしれませんが、結局、知っていたか否かを裁判で争うことになります。その際、検察は被告が児童ポルノに興味を持っていたことを立証する戦略を取りえますが、被告が健全な男性ならば買ったり借りたりして当然の成人向メディアが詮議されるわけです。「被告は、証拠物件A“○○○○”に類するようなビデオを毎週レンタルビデオ店で借りており、性的対象として出演している出演者はいずれも女子児童を思わせる容貌を(ry」みたいなことを検察に述べあげられ公判記録に残されるわけです。無罪を勝ち取れたとしても、死にたくなりますよね。補償があったとしても微々たる額に落ち着くでしょうし。
 
   全体としては、「定義見直しの姿勢は評価できるけど、自民党案と50歩100歩じゃね?」といった感想です。

 
 
 
   幸運と言えることがあるとすれば、それはこの両案がこの捩れ国会のタイミングで出てきたということ。両党に向かって(有権者の立場から)「妥協するな」と煽り続けるだけで今国会での成立ができなくなる見込みはあります。セコい手ですが、このような改正案が通されるよりはマシでしょう。