偉い人の規則違反

前空幕長の件
もうすでに色んなところで突っ込まれているのであえてここで書くことではないかもしれませんが、問題は大きく分けて以下の2点。
 

・「論文」と称しながら、論文の体をなしていない稚拙な文書。
・高級武官が堂々と政治的主張をしてしまったこと。

 
前者は技術力の話であって、この程度のものしか書けない人間が空軍の長になれるってどういうことよ、という能力適格性の方面のこと。
後者は職業倫理の話であって、慣習的・道義的に憚られまた内規に抵触するような行為をやったうえそこに正義があると主張するような人間が空軍の長になれるってどういうことよ、という人格適格性の方面のこと。

 
当該「論文」とやらがどんだけ程度が低いのかについては他のところでもいろいろと具体的に指摘されているので、ここでは武官が政治的主張を行なったことについての個人的な所感について書いておく。

 
本人は会見で表現の自由とか言ってたみたいだけど、更迭の直接的根拠は、当該「論文」の投稿・発表という行為が自衛隊内の規則に抵触したから、ということであって、表現の自由は関係ないから。例えば一般の会社員である俺も、業務上知りえた秘密について第三者に語ることは会社の内規で禁じられていて、うっかり口にすれば解雇されるだろうし場合によっては何らかの損害賠償を求められる可能性だってある。前空幕長がやった行為というのは、会社で例えるなら専務取締役ほどの人が会社の機密を故意に漏らすような行為に相当するわけで、組織に対する重大な背信であり、またそのような人間を重要な役職に配置した組織そのもののコンプライアンスが問われてしかるべき事例(「本人辞めさせましたから」では周囲が納得しないかもしれない話)でしょう。国際社会から「アンタんとこの軍隊どうなってんのよ」と文句を言われないか、ビクビクの毎日がスタートするわけです。
そもそも、武官は一公務員でありすなわち政府のエージェントなのであって、その武官が政府の対外的主張にケチをつけるというのは、「うちの社是、あんなお題目を掲げてますけど、ちゃんちゃらおかしいですから」と社員が吹聴して回るようなものであって、つまり組織内の決定に不服があるから組織外に訴えて覆してやろうという、組織に属する人間にあるまじき蛮行なのです。「政治的主張はしないでね☆」と同義的にも規則的にも求められている職に就きながら政治的主張をするというのは、職業倫理に著しく欠くと言わざるをえません。
「でも会社の例でいけば内部告発は罰せられないよね?」的な反論を試みる人がいるでしょうが、その立場の人間がそのような行動に出ないかぎり重大なコンプライアンス違反が維持され続けたおそれがあった、ということこそが内部告発の正当性になっていることを考えたとき、果たして今回の「論文」のような主張が高級武官という立場によってなされなければならないような事情があったかというと、それは全く見受けられません。今回の件において、自分の属する政府という組織の外に問題を提起することによって組織に変革を求めたいのであれば、自身が政治家なり批評家なり活動家なりに転向することで(規則に縛られることなく)可能になるはずですし、それによって問題提起の正当性や喫緊性が損なわれるようなこともないはずです。

 
そういうわけなので、表現の自由とはいっさい関係ないです。つか、何かと言うと人権だとか平等だとか自由だとか不完全性定理だとかを錦の御旗のように振りかざすのは、それらの概念を形骸化(それこそ単なる旗くらいの意味に)させるだけだからやめて欲しい。あるいはどちらかというと、見栄えのいい旗に目を奪われそれに飛びついて振り回された挙句、自分の立ち位置が自分でわからなくなってしまってるような状況なのかも知れず。自分の足元から見つめ直すべきでしょう、自戒も込めて。