名を取って実を捨てる?


同人誌即売会にも当日版権をっていう意見があるようだけど、天然なのか故意なのか、自説に都合のいいようにしか考えてなさすぎる気が。


権利者が当日版権を発行するとなれば、そのイベントで配布される権利保有作品の二次創作物全てについて目を通して許可/不許可を判断する作業が発生するわけで、そのための人件費だって発生する。今までは黙認という態度でそういった手間をスルーしていた権利者が、それでも当日版権という制度にあえてコミットしようというインセンティブが権利者にあるとするならば、同人市場をかなり積極的にコントロールするための手段として使う意図くらいしか考えられないでしょう。
具体的に言えば、当日版権のイベントでだけ二次創作を許可して、それ以外の場における二次創作は全排除とか。同時に、当日版権のイベントにおいても権利者の都合でバンバンはねられたり。そうやって実態としてはかなり二時創作を締め上げながら、でも当日版権という制度にはコミットしているから「二次創作に寛容です」という対外的ポーズを維持できてしまうという。


もうこの時点で「すべての同人誌即売会が当日版権制であるべきと言っているのではありません」などという建前は吹いて飛ぶ。権利者が当日版権以外の二次創作を認めなくなっちゃえば、結局すべての二次創作は当日版権という縛りが前提になっちゃうんだから。そうなったら書店委託なんかも全滅で、イベントに参加しにくい人は同人誌の販売も購入も物凄く困難になる。逆にその機に乗じて転売で儲ける人が増えるかも知れない。


主張の動機としては他人の作品の二次創作で儲けるなんて許せないという個人的な正義感からこういうことしてるのかもしれない*1けど、法的な観点から言えば、今の二次創作環境は純粋に作品への愛好精神で作られてるものから金儲けのための同人ゴロまで、清も濁も全員が全員、権利者に黙認してもらってるだけの、黒に近いグレーな状況という同じ土俵に並存している状況なのであって、当日版権で縛れば金儲け目的の同人ゴロだけを排除できるなんてことはありえない。


フィギュアの当日版権の話で言えば、今はどうか知らないけどけいおん!の一期がヒットした頃、アニメオリジナルの要素、特にEDの衣装については絶対に許可が下りなかったから、ED版の軽音部メンバーを同人でフィギュア化するのは、たとえどんなに愛が感じられる作品だろうが絶望的だったりしたんだが。そしてその後オフィシャルな商品としてED版の軽音部メンバーのフィギュアが発売されて、ああこの商品と競合するから許可しなかったんだなと皆が理解したという。
例えばその一例だけ見ても、当日版権の許可が下りるかどうかは愛好精神の有無云々は関係なくて、単純に企業活動の下に同人活動が組み込まれ従属させられるという可能性までも示唆されてるわけで。


永野護がFSSの二次創作読んでたら自分がやろうと思ってたことと丸被りなアイディアがあったので慌てて(自分のほうを)引っ込めたみたいな告白がニュータイプか何かに書いてあったと思ったけど、極端な話、二次創作がすべて当日版権で管理されるようになったら、逆に版権申請された同人誌の中から優れたものだけを選んで却下して、そのアイディアを権利者が自分のものとして採用するなんてことも可能になりますね。文句が出たら「いやいや作者自身が元々やろうと思ってたことに被ってたので、あなたの二次創作のほうを却下したんですよ」って言い訳すればいいし、誰もその不正を立証できない。


もちろん上で挙げた全て権利者の当然の権利だという考え方もあるだろうけど、少なくともその立場に立つのなら、今ある二次創作文化をガラリと変えることも厭わないと言ってるのと同義で、とても「すべての同人誌即売会が当日版権制であるべきと言っているのではありません」なんて話にはならない。つーか、二次創作文化が根こそぎ破壊される危険性さえも十分ありえるわけですが、そこに考えが至らないのだとすれば能天気すぎるし、気付いていてそれでもなおやろうとするのなら悪辣です。「同人文化を殺した張本人」として語り継がれたいのでもなければ、こんなことはやめたほうがいいと思いますけど。

*1:つーかそもそも、同人活動で儲けを出せるのはごく一部に過ぎず、ほとんどが自身の趣味で行なっている。そこからして誤解があるのか? ref. http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090828/1251418631