俺でも5x3と答えるわ


3x5を5x3と書いたらペケをもらった話でだいぶ盛り上がっているようですが。こちらのまとめにだいたい同意。


ペケにすべきとの理路はおおむね次のようになるのかな。
(1) 授業では“3+3+3+3+3のことを3x5と表記する;この場合の3を〈かけられる数〉、5を〈かける数〉として区別する”として乗法の記法を定義した。 *1 *2
(2) 乗法の可換性がひとたび明らかにされれば、「3x5とすべきところ5x3と表記してもかまわない」として記法の自由度が拡張される。
(3) もし乗法の可換性が説明される前にテストを行なって、(1)に照らせば3x5とすべきところを5x3と答えた場合、乗法の可換性を授業でやっていないからペケとする。 *3


これはこれで理屈が通っているようには見えるけれど、教育の仕方として妥当かどうかと言えば、悪手な気がする。すぐ後に“5x3でもよい”ことが説明されるけれども説明されてない段階でそれを用いるべきでない=結果的に正しいことが後でわかるんだけどまだ教えてないから今は正しくないということにしておいて、というのは教える側の都合に過ぎず、教わる子供はかえって混乱するんじゃないの?特に自分で可換性に気付いてたりどこかで教わったりしてたら、なおのこと理不尽に感じると思うんだけど。


自分の経験としては、
乗法について〈かけられる数〉と〈かける数〉を強調されて教わる
→乗法の可換性について教わる
→除法について〈わられる数〉と〈わる数〉を強調されて教わる
→似たような言い回しなのにどうして除法だけ非可換なの?と混乱
ということがあった *4 ので、乗法のとっかかりであたかも順序が重要であるかのように強調しておきながらそのすぐ後に可換性を導入して以後は順序を考えないという教え方では、除法を教える際に順序の重要性を強調しても「どうせまた順序を考えなくていいとか言い出すんでしょ・・・あれ?違うの?」と振り回されてしまう恐れがあるかと。


なので、乗法を学ぶ最初のとっかかりのために記法の順序だの〈かけられる数〉と〈かける数〉だのを使うのはいいにしても、それらはあくまでも仮組の足場であって、乗法を教えるという目的が済んだらそこに固執することなくさっさと取っ払うつもりで教えたほうがいいんじゃないかな。
例えばテストで5x3と答えた生徒はマルにした上で、そのテストを返すときに「先生は3x5と答えて欲しかったんだけど、5x3と答えた子もいて、その子もマルにしました。なぜかと言うと・・・」って進めて乗法の可換性を教える導入にするとか。
何にしても、教える上での便宜的な理由から何が正しいか/正しくないかを変えて教えるのは「結局は教える人=偉い人の言うがままにすべきなんだ」という先入観を子供に与えかねず、特に数学や理科などの分野ではそれは致命的なので、極力そういう教え方は避けたほうがいいのではないかと思います。

*1:なぜそのように定義するのか、というのも便宜的なものに過ぎない。ここでは〈かけられる数〉x〈かける数〉を正しい記法としているけど、〈かける数〉x〈かけられる数〉と定義してもよかったはず。英語では5 times 3 equals 15と言うし、n+n+n+n+n = 5nなんじゃないの?という批判はある。

*2:「ベクトルや行列の乗法には可換性が無いのだから、自然数の乗法を教える際にも順序を区別することは大事だ」と主張する人もいるけど、そりゃ単にベクトルや行列の(一般的な)乗法が非可換なものとして定義されているだけに過ぎないでしょ。可換なものは可換なものとして教えるべきだし、非可換なものは非可換なものとして教えるべきで、問題は(本来は可換である)自然数の乗法をあたかも非可換のように導入することが果たして教育上望ましいのかどうか、だけでしょ。

*3:これも既に何人かの人が指摘しているけど、“1皿3個ずつを5皿”ではなく、“5皿への1個ずつ配るのを3巡”ととらえるなら5+5+5となるので5x3という立式もありえて(そのどちらの考え方からでも攻められることこそ乗法の可換性にあたる)、結局このポリシーに基づく採点をするにしても「5x3と書いたから直ちにペケ」はおかしい。

*4:その後、高校に上がる頃には除法の代わりに逆数の乗法を用いたほうが式変形が楽でいいやなどと思いつつ、大学で代数を習ってはじめて減法/除法が逆元の加法/乗法なのだと理解してようやくスッキリした。中学の頃には減法が負の数の加法と同値だと習っていたはずなのに、除法についても同様であることに自分で気付けなかったのは愚鈍だなあと思う。