とりまプレイ感想


バトルマスターズMk.2はとりあえずシナリオを最後までやり通してみたところ。
対人戦はまだだけど、ゲームバランスは良くなってるような気がする。ターン性能に上限がかかったこと、レールアクションのロック解除効果をガードで防げるようになったこと、ガードモーションからのリロードアクションが追加されたことなどによって、立ち回りにおけるガードの地位が向上した感じ。かといってターンが完全に無用になったわけでもなく、複数の攻撃が集中する局面、例えば多対一であったりビット攻撃であったり、ガードしてると固められちゃうような状況ではやはりターンの必要性は高いので、その部分のバランスはいいんじゃないかと。
あとは前作での弱武器種が底上げされたり似たような武器種が差別化されたりしたことで、捨て武器が減ってるって話は聞く。自分は前作からの流れでまだナックルorダブルナイフ+ハンドガン+ミサイルでしか遊んでないのでそこのところの実感はあまり無いですけど。
どういう意図なのかよくわからなかったのはダッシュの仕様変更。前作ではダッシュ性能を上げれば360度自由な方向に移動できて、ダッシュ中もその向きを微妙に変化させるとかできたんだけど、今回は4方向固定で、進路変更も90度のみ。さながらバーチャロンフォースのバーティカルターン風味になってるんだけど、わざわざそのように不便にしたことでどのようにゲーム性を変化させたかったかが不明なのよね。ロックや視点の追従性を悪くしていることと合わせて考えると、敵を見失いやすいゲーム性にしようとしてるのかもしれないけど、それはそれとしてダッシュくらい自由にやらせてくれ・・・。せっかくのチューブステージが単なる狭い場所になっちゃってるぞ・・・。


シナリオのほうはというと相変わらず酷い。酷いというのはもちろん悪い意味で。ネタバレ含むので以下反転混在で書くけど、シーフ嫁みたいな生々しいネタを書きっぱなしで放り出す割に、ストーリー本編のオチは三文芝居かっていうくらい安直、てか何も深く考えてないだろって感じ。
黒幕は、過去のある事件がキッカケで悪い道に入っちゃったんだけど、大切な故人の遺したメッセージを知ったことで改心し、自害して果てました」ってのはよくある話のテンプレだけど、そういう形でケリをつけるのであれば、決着の仕方としてそれが(受け手にとっての)正義に適うかどうかってのが大事で、そこを外すとカタルシスの感じられない上っ面だけの(まさに“テンプレ通り”と揶揄されるような)話になってしまう。
我々の社会において、こういう場合での正義ってのは、罪は法によって裁かれ刑によって報いを受けなければならない、ってのが一般的で、法の介入によらない決着を描こうとすれば、その報いが過大にも過小にもならないように気をつけなければならない。過大すぎれば主人公サイド(に肩入れする脚本家)の傲慢さが鼻につくし、過小すぎればそのような決着を選んだ者(と、そう仕向けた脚本家の)独善さが鼻につく。というか、その報いの度合いについての感じ方が人それぞれに違いうるからこそ、あらかじめ法に定められた裁き方が正義とされているわけでね。
だからこのテンプレが使われる場合には、その者の犯した過ちに比して「自害という責任の取り方は少し重いかもしれない」と思わせるようなバランスにしたり、逆にその者による常態的な暴虐を非常に大きいものに設定することにより十分な報いが無くとも「退場させることができてよかった」と納得させたり、物語の雰囲気として最初から「正義は必ずしも成されないであろう」と匂わせることによって不完全燃焼の決着を「むしろリアル」として納得させたり、等々の工夫を凝らして、「この話の決着としてはまあ妥当なところか」と感じさせるような作りにする。
このゲームをプレイしてシナリオを最後まで進めた人にはわかると思うんだけど、その観点で言うと、このシナリオはそういった工夫が何も無しに「過小な報いによる幕引き」になってしまっている。ていうか普通に考えて「俺の恋人は研究からハブられたせいで心労がたたって死んだので、復讐として爆弾テロでかつての同僚を4人ほど殺し、善良な神姫ユーザを騙して研究の完成を目指してたけど、恋人の遺言聞いたらなんか研究の方向性を間違ってたみたいだわ(テヘペロ)ここは潔く自殺するんで後のことはよろしく」などという本当に独り善がりな決着の仕方をされれば、こんなんヤツが勝手に自己満足してるだけじゃんという徒労感しか残らない。「大罪人に高潔な死を選ばせるシナリオはたいがいロクなもんじゃない」という持論がこれでまた強化されてしまった。
端的に言えば、どのようにして正義が成されるべきか(あるいは成されないべきか)という倫理観・理念が欠けたシナリオなんだよね。もちろん「人々の異なる価値観の交錯を描く」とか「作中ではどのような価値判断も下さない」とかいう書き方もアリだけど、自覚的にそうするのなら、価値観の相違や対立をもっとハッキリ書いたり、受け手に判断をゆだねるよう抑制的に事実だけを淡々と書いたりするからね。そうではなくて、主人公サイドを全く正しい側として正義感を煽るような演出をしておきながらオチがこれだってんだから、ただ単に「主人公に手を下させたくなかったからちょうどいいテンプレを引っ張ってきた」に過ぎないんじゃないかと勘ぐってしまう。
そういう本質的なところについて何ら深く考えてないようでいて、他方で、例えば前述のシーフ嫁みたいなエピソードを入れて、あえて不快な要素を入れてシナリオに深みを与えてみました風に気取ってるわけだから、本当に小手先だけ・小細工だけで書かれたシナリオで、どうにも幼稚な内容だという感想しか持てない。大人ぶって悦に入ってる子供のような。
ゲームシステムだけじゃなくて、そろそろシナリオ周りも真面目に作り込むことを考えたほうがいいと思うよ。


さて今日発売の電撃ホビーマガジンでは、フブキ弐型とミズキ弐型の続報として彩色見本が紹介されてます。が、前髪の形が絶妙にコレジャナイ・・・。特にフブキはヘッドギア装着時に顕著で、前髪の位置がイラストと比べると上過ぎて、ちょっと間が抜けた印象を受ける。まあパッツン前髪は可愛くするのが難しいんだろうけど、ヘルメットみたいな出来栄えだけは避けてもらいたい、と過去の記憶を振り返りつつ。
あとはバトルマスターズMk.2のDLCとして配信されるジルダリアとジュビジーの画像が初公開?なのかな。しかしDLC配信が毎週とはいえ16回分割だから、下手すると実際の参戦は来年かもしれず。つかもう前作ぶんのDLCについてはさっさと配信してくれマジで。それよりも先にバグフィックスがくるかどうかも心配だけど。