自著を裁断されたくないのはわかるが


作家らが自炊業者を提訴したって話だけど、提訴の内容からすると「著作物を正当な方法で入手した者が、その著作物の私的複製を行なうにあたりその作業を有償で第三者に依頼することは合法かどうか」ってところが争点だろうね。もともと著作権法は著作者の経済権を保護する法律なわけだけど、その観点から言えば、「私的複製を有償で代行する商売」についてまで著作権者の独占的な商業的権利が及ぶのかどうか、とも言い換えられる。これは及ぶも及ばないも賛否両論ありうる、というか著作権をどう考えるかという立法主旨・理念に関わる本質的な話で、それぞれの判断を採った場合において社会的にどういう影響がありうるか、国民の著作物利用をいたずらに制約し過ぎないか、逆に著作権者の創作活動を萎縮させることにならないか、等々を検討して妥当なラインを探る必要のある話だから、意見が割れるのもわかるし、むしろこれを契機に著作権法自体を時流に合わせてアップデートするための議論を深めるべき時期に来てるんじゃないかとも思う。
ただねぇ、なんというか、この記者会見での作家らの主張を読むと、なんか印象悪いよね。提訴の争点は前述したとおり著作権についての本質的な部分に関わってくるものであって、著作権者の権利をそこまで強めることによってどういった社会的利益があるかが問われてくるべきところなのに、そういったことへの言及無しに、電子化嫌いという個人的好悪に基づいた話だったりスキャニングと違法アップロードを混同するような話だったり、ポジショントークにしても酷いなあ、と。もちろん、電子化されることで違法流通する可能性は高まるだろうし、裁断された書籍(だったもの)を代行業者が売買する可能性もあって、それらはそれぞれ当然に違法なんだけど、それらが起こる可能性があるからというだけで自炊代行業までもひっくるめて叩くのも乱暴な話だしね。まあ裁判に持ち込まれたのなら、印象操作だろうが何だろうが、自分達にとって有利になるようなアピールするのも当然ではあるんだけど、気に食わない自炊代行業が潰せるのであれば読者の便益なんかこれっぽっちも顧みない、という態度に見えてしまってしょうがない。「『電子書籍を出さないからスキャンするんだ』という業者にはこう言いたい。『売ってないから盗むんだ』、こんな言い分は通らない」という言いぶりなんか特に。
書籍が増えすぎて倉庫を借りている立場から言わせてもらえば、自炊によって置き場に困らなくなるのは非常に助かるし、その手間を減らしてくれる自炊代行業は便利。加えて言えば、そうやって置き場が確保できたぶん、新たに書籍を買う余裕も出てくる(ここ最近は、モノを買うのに躊躇する理由はお金ではなく置き場であることのほうが多い)。本を積極的に買う人ほどそういう欲求は強いはずで、この作家らは自炊代行業を潰すことがそういった人たちの便益をも潰すことになるって気付いているのかな?潰すなら潰すでオフィシャルに電子書籍を出して読者の便益も確保しつつ、というわけでもなく、自炊自体を敵視してそうな雰囲気があるあたり、書籍のヘビーユーザが何を求めてるのかわからないままに動いていそうな感じもする。
冷静に議論を深めてほしい案件ではあるんだけど、もう裁判になっちゃうとそれも望み薄なのが何とも。そうやって外堀を埋めていこうというのが出版社の戦略なのかもしれないけど、読者の便益そっちのけで進めればますます本は売れなくなるだけだし、誰も得しないんじゃないかなあ。