悪手


先週あたりからニコニコ動画で将棋関連動画が消されてて、その理由が「棋譜の著作権侵害」だということが議論を呼んでいる様子。
他者の撮影・編集した映像を無断転載なり改変なりしてアップロードしてるものについては元の映像そのものに著作権が発生するから削除するのは権利者としての正当な行為ですけど、そういう他者の著作物に全く依拠せずに、単に対局内容をソフトウェア上で再現しただけのものについてまで削除する権利が本当にあるのかどうか。その根拠とされる「棋譜には著作権が生ずる」のが本当なのかどうか、判例も無いらしいので非常に厄介な話かも。


自分としては棋譜著作権があるとは考えにくいんだけどなあ。もちろん将棋の手に独創性が無いなんてことはなく、棋士という特定個人による思考を経てアウトプットされる過程には十分に独創性が宿りうるんだけど、しかし棋譜はそのアウトプットの部分だけでしかなくて、そのアウトプットに至った思考は(同じくプロ棋士ならば棋譜から推測できるんだろうけど)棋譜そのものに明記されてるわけじゃない。そしてそもそも著作権は「どういう形式の表現をしたか」についての権利であって「どういうアルゴリズム・アイディアか」についての権利じゃないから、ある対局で発揮された棋士の独創性(思考まで含む)について権利主張したいという動機で(思考が明示されていない)棋譜著作権を主張することは根本的にズレてるんじゃないの?ぶっちゃけ棋譜って形式上は「▲2二銀」とかいう単なる手順の羅列であって、それについて著作権が生じたとしても、保護されるのは純粋にその手順の羅列・表記であって、その手順を指したときの棋士の思考が保護されるというのとは違うからね。
そしてもし仮に棋譜著作権が生ずると認めたとしても、棋譜は別に将棋連盟だけが書き起こせるものでもないから、もしプロ棋士うしの対局においてそれ以前に指された手と同じ手を指した場合、著作権侵害してるのはプロ棋士や連盟のほうだとみなされる場合だってあるんじゃん?例えば今からコンピュータ同士に自動対局させて、その棋譜をどんどんウェブに公開するサイトなんかが出てきちゃったら、そのサイトに掲載された手にプロ棋士の手が被るたびに連盟はそのサイトにお金を払うのかね?
そう考えると、棋譜著作権が生じると認めてしまうのは、将棋という競技の環境を窮屈にしてしまうだけで、誰の得にもならないような気がするんだよねぇ。


まあ、「○○戦 第○局 ○○対○○」の棋譜だよ、という属性情報が一種のステータスでありその棋譜の価値を高めているのも確かではあって、だから(その対局をお金を出して主催している)連盟やスポンサーにとってはその属性情報を伴って自由に棋譜が流布されることを認めたくない、というのもわからなくはない。しかし、であれば、争うべきは著作権じゃなくてパブリシティ権のほうじゃないのかと。


ただ、いずれにせよそういった形で素晴らしい対局の棋譜を囲い込むのが将棋の発展に寄与するのかという疑問もあって、「プレミアの付く大会の内容を報じる権利は俺達だけにあるんだ」ってのは格闘技みたいな見世物大前提の商業活動ならまだしも、これだけ広くアマチュアにも浸透した競技についてその発展を担う公益法人のやり方としてはそぐわないように思います。
まあ連盟の意図も推測できないわけでもなくて、たぶんニコニコ動画に公式チャンネル作って自前で棋譜動画を配信したいとか何とかいう目論見があって、そのための地ならしをしたかったんじゃないのかな、と。でも、そういう動機ならば、棋譜そのものを独占するよりは、棋譜にプロ棋士の解説を添えるなどして棋譜の外側に付加価値を付けて、一般ユーザ投稿の棋譜動画との差別化を図ればよかったんじゃないの?それこそ連盟にしかできない、将棋の発展に寄与する仕事のはずで、それならわざわざ一般ユーザの動画を削除する必要も無かったでしょう。そういう建設的な方向性ではなく「この棋譜はウチやスポンサー様が金出して主催した対局の記録だから、勝手に使われたら困るわ」とばかりに棋譜を囲い込むのは、競技を既得権益化に導いてしまうばかりに見えて、ただただ残念と言うほかないです。